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取り戻せ語彙力

ちかごろ語彙力の低下を感じるためにリハビリと修行と暇つぶしと現実逃避のためにやってみんとしてするなり

こうして出逢ったのも、何かの御縁

5年ぶり?6年ぶりか?
数年ぶりということで、濁しておこう。
しかし、あれは私が学生時分であったからおおよその時間の特定はできるというものだが、時間どうでもよい。
ただ昔ということにしておこう。

かつて買った本を数年ぶりに読み返し、読み終えたのだ。
書名はなんとなく伏せるが、タイトルでピンとくる方はピンとくるだろうし、それはそのままその通りその小説で合っている。
これまた時節柄、再び話題になってくるであろうから、検索してこの駄文にたどり着く方がいたとしたら申し訳ない限りである。
ただ駄文と自ら言い切る以上、好き勝手に書かせていただく所存である。
私が作る文章に読み手の感情はさして影響を及ぼさないからだ。

話を戻そう。
この小説は私が学生時に発行されて、内容よりもまず表紙が目に入った。
その表紙は私がいま現在も愛してやまないロックバンドのジャケットをてがけているイラストレーターが描いたものであって、透き通るような肌の女性を中心にごちゃごちゃとしているはずが整然と見えるようにモノが散乱しつつもまとまっているという特徴があるイラストが得意なひとである。
ロックバンドのみならずイラストも好きであったから手に取った。
そして、表紙に続けて感銘を受けたのはタイトルである。
有名な詩の一説をインスパイアした、いや、本歌取りというのか?
そのタイトルは一瞬にして私の心奪ったのである。
さて、中身を読めば、私が想いだけは持ち続けている古都・京都の学生の物語というではないか。
これはもう購入せざるを得なかった。

読み進めていけば、ただひたすらに外堀を埋めることに注力し、想いを寄せる女性の後姿ばかりに詳しくなる思い切りのないくよくよした男がから回しし続けているではないか。

ああ、これは、わたしのことではないだろうか。

積極的な行動一つで、スピーディかつ簡潔に結果を得られるはずなのに、それはするには時期尚早とただひたすらに遠回りと策を弄して外堀を埋めるのはさぞかし骨の折れることであるし、外堀埋めている間にひょいっと堀を越えていく男もいる中で、なんとばかばかしいことか。

あのころの私には思い寄せている乙女がいた。
ような気がする。
いや、居なかったかもしれない。
とはいえ、外堀を埋めることばかりに時間をかけて本丸に手をかけることもなく散っていった日々は多数経験したように思う。
いや、気のせいかもしれない。

だがしかし、不思議な感情移入のまま読み進めて、その読後感たるやなんともいえぬ心地よさを私に与えてくれたのだ。
当時の私は成人仕立て。
そんな中で「こうなれたらなぁ」などと思いを巡らしたのだ。
それなりに過去の話であるからおそらくという範疇を出はしないが。

そうして、乙女を手に入れた私は省エネなど出来ずに薔薇色の日々をてにいれるはずであったが、リーマンショックやなにかで灰色になった就職活動にかけられた拍車で薔薇色さえも失ったのであった。

映画公開がはじまったので見に行きたいところではあるが、そういった様々な想いが重なって少し観にいきづらいし、さすがに一人映画で臨む作品でもないのかな、と二の足を踏んでいる。

私がうら若き乙女であったならば作中の人物の言葉に従って、短い夜が終わる前に行動に移るのだけど、そういうわけにもいかないようだ。

だから、ひとこと祈って終わりにしましょう。

なむなむっ!