取り戻せ語彙力

ちかごろ語彙力の低下を感じるためにリハビリと修行と暇つぶしと現実逃避のためにやってみんとしてするなり

ああ、ビックリした。

歳を重ねるごとに経験やら知識やらが増えてきて驚くことが減ってきますよね。
ところがそれは自身が手の届く範囲の出来事にしか手を出していないだけで、世の中にはまだまだ知らない世界や驚きで溢れているから、刺激を感じないのは自らの行動力が落ちているだけだったりして。
これが老化か。
いや、そんなことはない、はず。

この雑記は映画を観たらできるだけその日のうちに感動が薄れる前に書こうと思っていたのですがどうしてなかなか。
雑記をさぼっている間に、TENET、ともはや社会現象となり果てた、鬼滅の刃劇場版、を観たりしました。
こそこそと出かけている。
どちらも素敵だったのですけども、衝撃とか理解の範疇を超える部分があったのであわあわしているうちに11月になってしまいましたね。
ああ、ビックリした。

とはいえ、それはフィクションの世界ですから何が起きてもよいんですけどね。
現実にそこまで影響がない。
しかしながら、フィクションとはいえそれにどれだけ時間を費やしたかと振り返ると、人生に自身に生き方に考え方に影響を与えないはずがない。
というのは好きな漫画の1シーンですね。
あれは良い漫画なんですよ。ああなりたかったようなまだなれるような。

 どっちが出展だったか忘れたけど、どちらも熱いので良かったお読みください。
ゲーム屋さんの話です。作るほうの。
スクエニとか任天堂じゃなくて、レベルファイブとかHAL研究所とかのほう。

ああ、ビックリした話自体はここに書かないんですけど、仕事休んでいたおかげでサシで重要報告を受けてびっくりしたという話です。
いやあ、ビックリしたな。
11月でいちばんびっくりした。

あまり年寄りを驚かせてはいかんよ。

映画「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」を観た。ブーゲンビリアの木の下で。

気になっていたところで再放送が始まりなんとなく録画しておいたところでメッチャ推しの作品なんですよとひとに言われたので、細々と消化している間に劇場版の公開が決まり、じゃあ観に行こうかと駆け足に全部見て各話ごとにホロホロと涙していた中で総くくりとなる劇場版を観たら死んでしまうのではないかと、観に行きました。
開始5分で泣くという評判に違わず、本編前の劇場版鬼滅の刃の予告から泣いていました。

では、本筋に。

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熱量っていうのは最高に達した瞬間がやっぱり最高でそこから先は冷めていくだけなのかもとか。

だいたい月に1回くらいは長々と頭の中のこととかを書き出してみたいと思いながらも刹那の空想妄想発想は一秒にも満たずに霧散して悲惨な現状から導き出される窮状は休場明けの力士のように必死で球場を駆け回る球児のような必死さとはまた別の良さがありますよね?

8月が終わってしまって9月になったようです。
自粛自粛で最後の花火もなかった今年の夏は終わるようで終わらなくて、気温が明確な理由のない設定温度28℃を下回ればまあまあ涼しく感じるほどには暑さにもなれましたね。
日本の四季は死んだ、日本式は死んだ。
西の魔女も東の魔女も東西南北中央の魔女も死んだかもしれない。

いろいろ数字が安定してきて、でも気も緩め切るわけにはいかなかくて、一億総チキンレースみたいな感じ。
それでもやりたいことやるべきことはたくさんあって取捨選択の末に訪れる結果にビクビク過ごしています。
幸か不幸か、いまのところ大事無い。

歳を重ねて、得る責任というものが仕事上でしかなかったりして生きやすいようで人生としては寂しいような丁度よいような。
自身に求められることがどんどん大きくなって、それに合わせて自身の能力や思考が素直に成長しているかというと、水面の波紋のように広がっていけばいいのだけど、実際のところはほったらかしの樹木のように明るいほうに無節操に広がっていくばかりで、剪定できずに眺めているだけで、一部を観れば美しいけど全体を観ると極めていびつで、選定しなきゃなあ、と鋏を持ってみるけど、どこが必要でどこが不要で自分の目で見る姿と他人の目に映る姿の評価が一緒かというとそうでもなくて。

岐路に立つことが増えたけど、帰路がない感じ。
いやはや選択に伴う結果に振り回される経験というのは十代二十代のときにもっとやってくべきだったなと思うばかり。

もっと秋めいてこないかな。

映画「風の谷のナウシカ」を観た。人生で何度か劇場でジブリは見ているけどいまになって旧作が上映ってんなら行かなきゃでしたよね。

コロコロしているため自粛していたけど、情勢的に守るべきルールを守れば可ということで、風の谷のナウシカを観てきました。

何度目だナウシカ、と揶揄してもまともに通して観たのは幼少期くらいでしたから、大画面大音響で腰を据えてみるのは初でしたからドキドキしながら観ていました。

感想として一番大きいのは、「ナウシカつよすぎない?」、ということ。
冒頭の父を失って怒りに身を任せて他国の兵士を撲殺する流れに驚いてしまった。
兵士の皆さんも若い娘が飛び込んできたことによる躊躇があったのかもしれないけど、それにしたって、殺すことに躊躇がない。
この子がヒロインで行くの?殺人の業って昨今の作品ではかなり重く書かれるんだけど…古い作品だから命の重さが割と軽いのか。いやそんなことはないんだけど。
これ以上人が死ぬのは見たくないと、言う言葉はひっくり返すと殺そうと思えば殺せるとも取れるわけで。
それは、風の谷の姫という群衆の指導者であるから、指示をすれば風の谷の民は殺しに行って殺して死ぬ、そういう意味だ。
また単に個としての強さも怒りに任せた結果、簡単に人を殺せるだけの素質が自分にあるとわかってしまったために出てきた言葉なのだろうな。
殺した結果としても自身の持つ殺しの力に気づいてしまったのかなぁ、と。
ナウシカは単純に強い。

そこでアンバランスに感じるのは腐海と虫への興味。もうこれは愛なんだろうな。
虫に魅入られていたか、と回想で語られるわけだけどそこからずっとナウシカは変わっていないんだろうなと。
たまたま姫として生きる必要があったからあれだけ人のために動くことができたわけで、ナウシカがただのナウシカであれば虫に傾倒した人として生きていたように感じる。
性格だとか価値観というのは、個としての追求していった部分と周囲の環境に追及されていく部分があって、そこのいびつさがナウシカを悩ませているだろう。
もちろんそんな一面は、誰にも見せないんだけど。みんなが心配するから、とは作中でも言っていた。

魅力的には感じない、ただただ恐れを感じた。

 

さて、対極的に描かれるべきだったのが、クシャナ殿下だ。

殿下、である。
ナウシカ同様にトルメキア?の王族であることは呼称から判断できる。
装飾からもその国において高位の存在なのだとうかがえる。
が、だ。
もっとおぞましいものを観るだろう、というように映画の中では少なくとも左腕は義肢であることがうかがえる。
作中において、生身で描かれた四肢は右腕だけであるから両の足も義肢なのかもしれない。
生まれ持ってのものなのか、腐海の毒にやられたのか、はたまた戦火によるものなのか。
身体的にしても欠陥があるのがクシャナだ。
指示する隊からは慕われているようには見えるが、さて本国での扱いは?
巨神兵の卵の回収だなんて最前線も最前線であって、王族で彼女が派遣される意味合いは?
軍事国家であるから前線に赴くことに意味があるのか、四肢に欠損がある身であるから前線に行かされているのか、はたしてどちらなのだろう。
参謀であるクロトワが平民出であるということは、彼がとても優秀か逆に平民出が参謀を務められる部隊ということなのか、どちらであろうか。
クシャナの身の振るまいから考えると…。
というより、すでに本国はないのかな。
ガンシップ一隻に撃墜される大型輸送機なんて最たるものかも。
もうアレが、あの輸送機だけが国であり国家であったりして。だったら嫌だな。
ペジテの残党がトルメキアは終わりだ!といっていたのだ侵攻軍ではなくて本国を無視でつぶしたという意味だったのか。いやまさかそんな。

 

ギミックに世界観も、感心することばかり。
直近でメイドインアビスを観ていたから、腐海の様子は失礼ながら「アビスだー!!」と思ってしまった。
虫にしたっていんすぴれーしょんがビリビリ来る感じでいろんな作品に影響を与えていることが明白で良いよなぁ良いよなぁ、と思いながら見ている間のあっという間の時間でした。
青き衣をまとっている理由もよくわかってなかったんだけど、見返したおかげでようやく理解しました。体液で染まるとは…。

ほかにもいろいろ感想あるんだけど、長くなってきたのでここで締めますね。
次は、ヴァイオレットエヴァーガーデン鬼滅の刃の予定です。
アニメが増えてきたね。

ひさびさに酩酊した記録

いろいろあってひさびさに酩酊するほどお酒を飲んで帰ってきまして。

帰巣本能は高いため、どこまで酔いが進んでいても帰ろうと決めたらキチンとベッドまではたどり着けるタイプです。

しかしながら自宅に帰りつくまでが限界でそのままベッドに転がり動けずに数時間寝ているような寝ていないような状態で電気も消さずに意識が飛んだり戻ったり、そうこうしている間に学生時代まで記憶が飛んだり戻ったり。

夢か現かわからないままかの人と話をしたり単なるフラッシュバックだったりが巡っていき、ああアルコールって幻覚作用もあるんだな、と感じたりしなかったり。

かつてのどうでもいい日々がいまになって幸せな日々だったのだと思えたり、単によかった思い出だけをなぞっているだけだったり。

判別はつかないのだけど、酔いが覚めて目も覚めて、胸の内に残るのは、あのことはよかったなぁ、という気持ちで。

あまりパッとしない最近だけど、よかったよなぁ、と思える過ごし方もできていたんだなと気持ちよくも思ったり。

これからも良いことが起こるといいなぁ、としばらく酒を控えようと思う。

映画「ロケットマン」を観た。なんでそうなるの?キラーチューンばかりだ。

外出自粛で映画館も自粛なのでAmazonプライムに観ようともって観に行き損ねていたロケットマンが来ていたので観たのでした。

そもそもは主演がキングスマンタロン・エガートンとのことで、キングスマンゴールデンサークルの公開ごろに予告編がやっていただかで興味を持っていた気がします。
いや、ボヘミアンラプソディーの公開のころだったかな?
そうです、ミュージシャンの自伝映画ということです。
題材になったのは、エルトン・ジョン

正直あまり詳しくなくて、それこそキングスマンゴールデンサークルに本人が本人役で登場した際に歌唱してくれた、Saturday Night’s Alright (For Fighting)で(劇中では木曜日だったけど)で、ようやく認識があった程度だったんだけども、いやこれがすごいかっこいいんだ。
そこから気にしていたところで、タロン・エガートンが演ってくれるというならば観るしかないといった感じでいたのに劇場公開は逃しましたね。不思議です。

この辺から中身について?

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死に場所を燻し出す。

いつまで休日なんだっけ?出勤日なんだっけ?そもそも働いていたんだっけ?
そんな錯覚も生じ始めた連休四日目。
木曜日からまともに働けるのでしょうかね?

外出自粛だし、やれることといえば家事くらい。
では普段やらないほうをやろうということになり、キャンプもいけないので燻製器を引っ張り出して、普段は時間もあるし温燻ばっかりだったのだけど、いつかは熱燻に切り替えてスピーディにぱっぱと作れるようになりたいな、とじゃあいつやるのか?
いまかな…、と普段はスモークウッドに点火して黙々と待つことにしていましたが、今回は燻製をカセットコンロに乗せまして、スモークチップでもくもくといぶしてみようとしました。

が、なかなか煙が出ないなぁと不安げに眺めていましたら景気よく発火しまして写メ何回か撮った後に再度発火したので、チップは諦めていつも通りにウッドで頑張ることにしましたとさ。
火力調整がうまくいかず、チーズはそこまでうまくいきませんでしたが、味玉とベーコンと柿ピーがそこそこうまくいったのでヨシとしました。

普段あまり料理をしないのは代わりにやってくれる人がいるからで、そこが甘えか遠慮かというと間違いなく甘えなんですが、プライドもあるかな、とお願いしている部分が多いんですが、たまにはいいかなと頑張ったのが今日です。
燻製だけだとあれなので、不意に言われた、よだれ鶏のレシピが意外に簡単だったので降りしきる雨の中、材料を仕入れて調理するなどしました。
日常の家事というのはそもそもやってくれる人がいると甘えるばかりで代わりにやろうとすると釘を刺されたり想定上にダメ出しをされたりで下手に手を出さなきゃよかったなぁ、とおそらくは双方向にコミュニケーションが下手なんだろうなと思うんだけど、その辺の努力を怠ってきたから仕方ないね。

コミュニケーションが下手というのはいろんな側面があるけど、基本的には自分の話をする・人の話を聞く、そのバランスだと思うんだけど、自分の話しかしなくて他人の話を聞かないタイプのコミュ障はあんまりやり玉にあげられない気がするんですよね。
一見するとまともにコミュニケーションしているように見えるからね。
うるさいからほっとかれていることも多く思う。
そういうひとと話すと本当に疲れますからね。
何とかかかわらずにいたいがこれがなかなか声がでかい分だけ行動力があるから接触せざる得ない世の中。

仕事が始まると不特定多数の人間とかかわざるを得ず、それがいまからとてもいや。
休み明けナイデ!でも給与は支給して!
これがなぜか許されないんですね。
不思議ですね。