金曜の夜は死に体
本来ならば来るべき土日休みに向けて心身ともに奮い立たせる必要があると思うんですが、最近はお疲れというか夕食時に軽く飲んで寝落ちして変な時間に起きて入浴をして寝るに寝られずうだうだしているうちに土曜の朝を迎えることが多いですね。
なんというか、いろいろなことに飽きが来ているようでして。
楽しさというものは一過性のものと思い込んでいる節があって、それは正しいと思うのだけど、楽しさや喜びが過ぎ去った瞬間の虚無感や絶望感のようなどうにもネガティブな感情がにじみ出ている昨今でございます。
ではその原因はどこにあるかといいますとやはりどうにも説明しがたい孤独感のようなものが脳裏や瞼の裏や心や思考にじりじりとにじり寄ってきているのではないかと。
はて、どこかのブロガーさんが、大宇宙ひとりぼっち、というタイトルをつけていて、なんだかシンパシーを感じてはいたのですが。
そもそもが自分語らず人の話を聞かず特に何も考えず流されるだけ流されてみたので、パッと差し伸べられた手などを離されたときにどうにもこうにもしがみつくものがなくて、どんどんどんどんと流されていき、たどり着く場所は果たして川底か外海か宇宙の果てなのか。
まあ、長めに語ってみましたが、正味のところ明日休日出勤で嫌だなぁ、というだけです。
週末は平穏に過ごさせてほしいなぁ。
映画「スイス・アーミーマン」を観た。ダニエルラドクリフの新たな代表作に?
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ということでかのダニエルラドクリフが便利な死体役で登場する映画をついに見てみました。
ざっくり言ってしまうと孤独な青年と便利な死体の青春ストーリーです。
うん、字面の意味の分からなさがすごいなこれ。
なぜか無人島に居る孤独な青年ハンクが孤独に耐えかねて自殺しようとしたところに死体のダニエルラドクリフが流れ着いて、無限に屁をこく死体を見つめているうちにこれをジェットスキー的に利用して海を渡れるのでは!?とひらめいて…サバイバルしていく物語です。
うん、伝わらないなこれ?
でも事実その通りなんだからしかたない。
そのうえで急にしゃべり始めて名前も名乗る便利な死体、メニー。
そして、メニーと語り合い、ふざけあい、人里を目指すハンク。
その旅の中で、当然に芽生える友情という思いエトセトラ!
衝撃のラスト!
大きいアライグマとの死闘!
と、ずーっと何を見せられているんだろう?これはハンクの見ている穏やかな幻覚か走馬灯なのではないか?いやいやファンタジーなのか?でもスマホでてきたし?などと困惑しているうちに意外に丁寧に話は進んでいって、ドーン!と終わります。
若者独特の性的ネタも多くてその辺もおもしろい、かも?
女性視点で見るとすげえ怖い部分もあるんだけど、そこは勝手に救われるので大丈夫です、たぶん。
最終的には面白かった部類に入るのですがいかんせん独特過ぎて「世界が絶賛した奇想天外サバイバルアドベンチャー!!」というキャッチコピーは素直に飲み込める良作、だと思います、うん。
奇想天外ってのは本当によく感じます。
お時間あったら眺め観たらいかがでしょうか?
一日書き損ねたから翌日に二回書けばいいだけじゃん!!
あたま、よろしおすな…
京都人って実際ブラックで腹黒で皮肉の美味いひとたちなのかな?
たしかに社会人になってから京都旅行で行った料亭にて「学生さんですか?」と言われたような気はする。
あれはもしかすると…?
明日野郎は馬鹿野郎、という名言じみた言葉もありますが実際のところどうなのかな?と。
自分の力を正確に見積もれていればそれも実現できるはずですが、今日できなかったのに明日、倍の量になってこなし切れるかというと一日で自分のパワーが倍になったらそれはそうなんでしょうけど、実際そうはならなかった。ならなかったんだよ、ロック。
なんでこうも自分の力の見積もりというは甘くなりがちなんだろうか。
ひとによるのかな。
夏休みの宿題は最終日にやるタイプの人は甘くなりがちかもしれない。
計画的に無計画という奴ですね。
先延ばしの繰り返しでろくに成長しなくて、いざやろうとしたときに実行力が身についていなくて、ぜんぜんだめだめで終わる感じ。
いやだわ。
割と思い当たる節があるので無計画なんだろうな。
何かと理由をつけて遠回しにしがち。
点と点の最短距離は直線って歌もあるのに俺はなぜ…あんな無駄時間を…。
後悔は後に立たずというところで、昨日の失敗を明日の糧にすればよいんですけれど、それもなかなか。
理系的アプローチ?ではこうすると失敗するということが分かった!!というの発見であるようだけど、対策がなぜか張れないんですよね。
なんなんだろう、あの感覚?
三十余年も生きていればちったあ良い方向に向かうと思いましたが思うばかりじゃ思いは届かないんですね。
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気づきを得たなら方向修正していきたいですね。
いまから立ち戻れるだろうか。
なにを幸せととらえるか、だとは思うんだけどね。
昨日書くの忘れた。眠かったから仕方ないね。
連続更新どのくらいできるかな?
と臨んでいましたが眠気に負けて断絶しました。
まるで外交のような物言いですかね。
眠気、うまく付き合っていますか?
僕はなかなか下手で、昨日みたいに食後に急激な眠気でうっかり爆睡して朝を迎えて慌ててシャワッてだばだばだぁ、みたいなことが時折あります。
加齢に伴う疲労の蓄積なのかな?
でもそんなに疲れるような生き方していなくない?
基礎体力が落ちているから活動時間が減っているのに蓄積する疲労は倍々ゲーム!?
それは由々しき事態ですね。
眠気とうまく付き合えないということは睡眠もうまく取れていないということで、時間としてはしっかり寝ているのに実際の疲労はそこまで取れた感じがしないという悪循環に陥るのでした。
ぐっすり眠れるくらい疲れると回復しきらなかったりもするし、なかなか難しい。
自分の身体くらい自由に動かせてもいいと思うんだけど、他人と同じくらい言うことを聞かない。
できることとできないことの区別もつかない。
時には過小評価、時には過大評価、目利きが悪いし見通しもグダグダ。
これはなかなか生きづらいですね。
寛容さ、という部分があればいいんですけど、遊びは絶対に許さないぞ!という意固地なところあったりして、たいへんにつらいくるしいだめむり…とまで落ち着く前にまいっか!となるので生きています。
職場の後輩曰く「ともみつさんのまいっかは頭が動いていない状態なので帰ってきてください」と言われたので気を引き締めたいところです。
ぼんくらもポンコツなりにしっかり行きたいですね。
弓道はやることが八つしかない。(30代弓道警察)
なにかを始めて極めることにおいて反復練習というのは必要なものでして、球技で壁に向かってひたすらボールをぶつけ続けて跳ね返ってくるボールをつかみ続けるとかそういう奴。
僕は球技においてはこの反復練習がなかなか向いていなくてスパッとやめたような気がします。
卓球でも野球でもバスケでもチャンスっぽい雰囲気にあるとスマッシュとかシュートとかしたくなっちゃうんですよね。
ラリーやパス回しといった練習が驚異的に向いてないというか幼き頃はなぜやる必要があるのか理解していなかった。
基礎練習がなぜ大事なのかということを誰も教えてくれなかったので、だいたいの分野で人に言われたことを脳死状態でやっていてときどき急に自我が芽生えてスパーン!とやってすべて台無しにする感じ。
過程や道理が複雑であるほど長続きしなかった気がしますよね。
そういったなかで比較的続いたのが競技が弓道でした。
中学のときは剣道をやっていたんですけども、どうにもこれは伸びそうにないし高校じゃあそもそも経験値の差があるし、高校くらいから始まる部活がいいなーそんで球技じゃないやつなー、などといろいろ巡っていたところで最終的に弓道部に入りました。
あれも自意識で決めた気がするんですけど、中学でつるんでいて高校も同じ友人がひとりは剣道もうひとりは柔道に入ったので僕が弓道やったらだいぶ見た目が面白いな、という無意識があったようにいまとなって思う。
さて、武道なんですが基本は型を学ぶことが大前提で、剣道の時の外部コーチのおじいちゃんによれば「型は基本にして奥義」みたいな中二心をくすぐることを言ってくれたような記憶がぼんやりとあって、これは剣道をやっているときはそんなに感じなかったんですけど、弓道やったらビビビッときましたね。
弓道、端的に言うと行う動作が8つしかない。
おいおい馬鹿にしてるのか?と弓道経験者にも弓道未経験者にも言われそうなぶっちゃけではあるんですけど、理にかなっている。
弓道は流派とか分けるといろいろあるんですけど、基本的には「射法八節」という動作を行うだけです。
これは弓道教本という言葉通りに弓道をする人のバイブルがあって全四巻で4巻は幻の一冊とか言われている部分もあって、弓道の目的は最終的には宇宙と一体化することとかホントに聖書じみたこもとも書いてあって非常に読み応えがある書物なんです。
しかしながら、結局、弓道者?求道者?が目指すのは「射法八節」の会得に尽きるのです。
端的にいうと、弓と矢を構えてから弓を引いて矢を放つまでの8つの動作、それを射法八節と言います。
詳しくはリンク先を読んでくれればよいと思いますが、極端な話8つしか覚えることがない。
それで大体の内容が記述してあるんで、すごいなんか一見理解しやすい。
しかし、体得会得するのはやはりそれなりの年月が必要なものなので、頭だけ理解して体現できない経験者がわらわらと湧き出せるんですね。
それが昨今の弓道警察の増員につながっているんじゃないかと思いますね。
増員はしてないか、うるさいだけですね。
結局、あれって自分が弓をしていた時に言われたことをそのまま書いているんじゃないかなぁ、と思ったり。
しかしまあ、弓自体は楽しいのでいつか再開できたらなぁ、と思いました。
弓、ずいぶん引いてないな。
継続はなんとか
ここ数日続けて書いているからせっかくなのでエントリを作るだけ作りましょうね。
無理矢理に始めたような気がしていても思考というは一日中、日がな毎日繰り返し繰り返しやっているわけだから、一文字でも打ち始めれば何かしら書くことがあるというものだ。
わたしとしては今週の土日は久々に遠出を一切しなかったのでとてものんびりと過ごせた。
でも昨日車検でディーラー行ったか、でかけてはいるな?
今日は今日で新刊ラッシュの雰囲気を察して本屋行ったか。
そんな…わたし…そんなつもりじゃ…?という量を買って驚いたっけ。
引きこもっているつもりで引きこもれていないな。
僕は個人的な感覚としてはインドア派のつもりだったのだけども、意外と出かけるし、ロードバイクやキャンプに少々手を出したり、アクティブ感が出てきている。
なぜだろうか?
そもスノーボードだったりダーツだったりそのロケーションがなければできない趣味を持っているあたり引きこもりでもなかったのかな。
音楽聞くのが好きでライブやフェスに行くのはなかなかの運動であるし、金銭もそうだけど移動に伴う知識の組み込みも必要だったり、やたらとアクティブだな。
そも文化系であっても博物館を筆頭に展示されているロケーションに出かける時点でかなりアクティブなような。
最近はスマホやタブレットでなんでもできるし観られるからわざわざ足を運ぶ必要というものがだいぶ緩和されているからね。
近い将来は家から出ていくこと自体が物好きな趣味になり果てるかもしれないね。
そうはなりたくないけど、生きているだけでもコストいるなかでおでかけなんてよほどのことがなければ…そんな世の中は嫌だけども。
さて、遠くに行きたいものだなあ。
焚火なんてしてみたい。
俺はただ幸せになりたかっただけなのに…ッ!!
仮面ライダー龍騎の登場キャラの今際の際の断末魔の言葉なんだけど、結構響いていてときどき思い出す言葉である。
しあわせ、な。
何が幸せなんだろうと考えながら数十年、結局よくはわからなくて今日もただただ生きていて、欲や見栄を張らなければ平穏で平然と平平凡凡に過ごしていける環境を作り上げてはこれたんでだが、いや、もしくはもともと持っていたんだけれども、そこからの変化に怯えすぎているのか、いまだにちっとも変わらない。
なにが。
自分が。
そうはいってもこの歳まで無意識に大事に丁寧かつ乱暴に作り上げてきた自分自身だからそうそうやすやすと変わらない、いやいや変えてはたまるかと、変に意固地に意地を張っているとやっぱり時間が過ぎてしまうんだよなぁ。
もうすっかり平穏に飽きてしまって、かといって刺激欲しさになりふり構わぬ行動をとれるような大胆さがあればいまごろは合衆国大統領にでもなれていた気がするから、この先も大きな変化は望めないのだろうな。
んん、刺激を欲しけりゃ馬鹿になれ、といつかの歌でもあったけど、ここまで思考が固まってくるとそんな馬鹿さはもはや至高の域であってそんな試行すらも許さない保守性ががんじがらめに心根に絡まっているのである。
なにか、こう、弾けてみたいものだな、取り返しがつく範囲で。